挫折にまみれた野球人生とそれをバネにした活躍
上原浩治投手は小学生時代から野球を始めましたが決して順風満帆な道を通っておらず、
高校では練習時の打撃投手が主な役割でした。
当然大会にも出場することなく高校時代を終えます。
さらには大学受験にも失敗し、1浪の末何とか入学を果たしましたが、
この頃から反骨精神が養われたと言えます。
悔しさをバネに4年間の野球部生活の中で着実に実績を積み上げ、
国際大会でも当時連勝中だったキューバを封じ込めるなど、
プロの目に留まる活躍を遂げていったのです。
<出典:mainichi.jp>
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そして1998年のドラフトで巨人に1位指名されましたが、
この時の話題の中心は西武に1位指名された高校球界のスーパースター「松坂大輔」でした。
ライバルに負けない!反骨心が生み出した驚異的なプロでの成績
松坂大輔はその名に恥じない活躍を1年目から見せつけましたが、
上原浩治はその上をいきました。
抜群の制球力と圧倒的な球威を武器に勝ち星を量産、
途中15連勝を記録するなど最終的には20勝をあげ、
ルーキーながら防御率など投手主要4タイトルをも獲得する活躍を見せたのです。
途中ケガに悩まされながらもその後も着実に記録を残し、
時にはストッパーとして君臨し巨人での10年間絶対的エースの座を守り続けたのです。
そして2008年オフ、FA権を行使して大リーグのオリオールズに移籍。
<出典:www.youtube.com>
途中何度か移籍を繰り返しながらもその強気の投球は健在で、
ついには2013年、ストッパーとしてレッドソックスの世界一に貢献、
胴上げ投手の名誉を手に入れたのです。
チームが勝つためなら大ケガもいとわない!上原浩治の強烈な魂
2015年8月の試合で上原浩治投手は9回1死満塁のピンチで登板、
2死後バッターが放ったセンターに抜けるかという当たりを右手を出して止めました。
すぐに拾って1塁に送球しゲームセット。
チームは勝ちましたが骨折という大ケガを負ってしまいました。
<出典:http://full-count.jp/>
しかし試合後の上原投手は
「あれが抜けてたら逆転負けを喫していたかもしれないし、逃げてヒットにされたら悔しい。
誰が何と言おうとあれが自分のスタイル。投げた後は身体全部がグローブのつもりで守り抜く覚悟です」
という決意を露わにしました。
この言葉に象徴されるように、
上原投手は過去の苦い野球人生の経験から
「絶対に誰にも負けたくない」という気持ちでプレーを続けていたのです。
マスコミは地道に這い上がってきた彼を、
日本での活躍時代に「雑草魂を持った選手」と評しましたが、
この雑草魂が大きなケガをもいとわない身体をはったプレーの原動力になったと言えるでしょう。
まだまだ伝説を作る!上原浩治投手の今後楽しみな活躍
骨折により今期復帰は絶望的となりましたが、
本人はまだまだ現役続行に意欲的なメッセージを発信しています。
世界の頂点に立った彼が次に目指す頂はどこなのか、
さらなる活躍が非常に楽しみなものとなっています。